COLUMN
No.2
「一生懸命」私の好きなことば。
というか、自分の性格だとも思う。やるからには一生懸命やる。同じ意味の言葉で「一所懸命」があるが、私は「一生懸命」のほうが好きだ。「一所」よりも「一生」懸命に生きるほうが難しいから。
このことばを意識したのは中学3年生の頃だ。
私は中学、高校とハンドボール部に所属していた。本当は小学校からサッカー部に入っていたので、中学でもサッカーをしたかったのだがその中学校にはサッカー部がなかった。父親に中学は必ず部活動をすることを命じられていた私は、なんとなくでハンドボール部を選択した。そのハンドボール部は、ちょうど私たちが入学した年に新設された部で、新入生だけで30人ぐらいは入部したと思う。3年生の先輩が4人ほど同時に入部したが、3年生は夏には高校受験のために部活を引退することは決まっていたので実質は新入生中心の部だった。
当時も野球部などは先輩からのしごきは当然のようにあったので、先輩がいないということが選択の理由になったのかも知れない。しかし、顧問の先生は厳しかった。1年のうち盆と正月には数日の休みがあったが、それ以外はほとんど練習や試合に明け暮れた。入部当時30人ぐらいいた同級生は、3年生になったときには8人にまで減っていた。正直、その当時はハンドボールなんて好きではなかった。辛くて苦しい練習なんてやりたくなかった。それでも3年間辞めずにいたのは、ただ単に、途中で投げ出して辞めるということが自分に対して許せなかったんだと思う。
そして3年生の最後の夏、3年生8人の内の私とK君は補欠だった。下級生がレギュラーとして活躍していた。引退の最後の試合は、負けが決定的だった後半の残り5分だけ「記念」に出場させてもらい、中学のハンドボールは終わった。
試合の後、顧問の先生が最後に部員を全員集めてこう言った。「3年生はこれで引退だけど、今まで辛い練習に耐えてよく頑張った。洋介(私)とKがその中でも一番頑張った」と。
3年間、辛くて苦しい思いばかりで、最後までレギュラーとして出場できなかった2人を先生は誰よりも認めてくれた。その言葉で何かすべてのものが吹っ切れた思いがして、涙が溢れそうになった。 今でもたまに中学時代のハンドボール部のことを思い出すけれど、あの時の思い出が私の「一生懸命」の原点だと思う。
「結果は後からついてくる」
中学のハンドボール部での「結果」とは補欠だったことでも、最後の5分だけの出場でもなく、「一生懸命は必ず報われるという確信」を手に入れたことだと思う。
Copyright (c) 2012 ArchistLINK All rights reserved.
アーキストリンク
〒460-0011
名古屋市中区大須3-1-36 林太陽ビル10B