COLUMN

No.1
設計者→施工者→? 2004/07/08

 私は物心ついたときから、将来は建築の仕事をすることしか考えていなかった。というよりは、親父が工務店を経営していることから、自宅横の資材置き場や倉庫でよく遊んだし、現場にもよく連れて行かれたのでの自然と(親父の意に沿って?)将来は建築の仕事をしたい、「建築家」になりたいと思っていた。 (ちなみに私は男ばかりの3人兄弟の三男坊で、今年になって設計事務所を立ち上げるまで3年ほど実家の工務店で兄貴2人と一緒に仕事をしていた。)

 そんな環境で育ったためか、早く仕事をして何かしらの技術を身につけたいとの思いから、高校も工業高校に入りたいと思ってはいたが、わけあって普通科高校に進学した後、大学は建築学科にも進んだ。
 いざ就職というときはゼネコンの施工方面に就職しようと直前まで考えていたけれど、「施工方面に就職したら、設計はなかなかできない」という周りの意見で地元の設計事務所に就職した。その当時は「設計を経験してから施工方面にいこう」という程度の考えで、どちらかというと 建築・ものづくり=現場 と思っていた。
 とは言え、設計事務所時代は「ゼロからの創造」という醍醐味を味わったし、デザインという、ある意味答えのないものを求めることの難しさや辛さを経験した。それは貴重な経験だったし、単なる自己満足ではないものづくりには意思や方向性を示してゆかないといけないということも学んだ。

 私の勤めていた設計事務所は地元では大手の設計事務所で、企画営業部門、意匠設計部門、構造設計部門、設備設計部門などを社内に持ついわゆる「組織事務所」であったため、設計の仕事はそれぞれのパートに分かれての分業により進められるものだった。担当した物件が比較的大型の物件が多かったこともあるが、ひとつの建物をみたときに、計画から設計、施工、アフターフォローという建築の流れの中でも「設計」というパートに属し、さらに細かいパートの「意匠設計」に属した中での「分業」はその他のパートの内容をすべて把握することも難しく、全体を把握してすべてに自分の意思を入れ込むことは基本的には難しい。
 その物件の「完成度」のうちの自分の「貢献度」と「満足度」はどうしてもなかなか満たされないという思いが強くなるのとあわせて、「施工、現場を知らずして設計はできない」という思いも強くなり、今度はその建物の大部分を把握し切れる規模のものをやりたいとの思いで実家の工務店に入った。

 うちの工務店(株式会社 正栄工務店)は家族経営的なことからその仕事は住宅が主ではあるが工場とか店舗とかあるいはゼネコンの下請けであったりと仕事は様々で、またリフォームであったり、営繕であったり、修理であったり、本当の意味での「地場の工務店」といった感じで、いろんな仕事の依頼がくる。
 そうした中、人数も限られるので兄弟それぞれが独立的にそれぞれの現場を見るという形態で仕事をこなしていた。だから自ずと営業、設計、積算、現場管理、重機の運転手、生コン打ちの職人、鉄筋工、清掃屋などなど、出来るものはすべて自分がするというように、設計事務所時代の「分業」とは正反対の仕事をすることで、常にその仕事全体を把握し、お施主さんとの接点を持って「動かす」ことを身をもって体験した。

設計者と施工者の立場を経験して、「たてもの」は設計だけでは建たない。
施工だけでも建たない。
お金があるだけでも建たない。
お施主さんがいるだけでも、設計者がいるだけでも、施工者がいるだけでも建たない。

 それぞれがその立場で役割を果たして初めて建物は建つ、ということを改めて思った。そして、今はその経験を生かしてよりよい設計をし、よりよい施工をして、より「完成度」の高いたてものを建てたいと思う。それが単なる「設計者」とか「施工者」ではなく「建築家」につながる道だと思う。

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